6月に入り、酸化ガリウム半導体の量産の目処が立ったというニュースを受けてタムラ製作所の株価が暴騰しています。下のグラフはタムラ製作所の直近三ヶ月の株価の推移です。
酸化ガリウム半導体はパワー半導体と呼ばれ、一般的な半導体よりも、より大きな電圧を取り扱うことができます。
大学でパワー半導体を研究していた筆者が、パワー半導体とは何か、酸化ガリウムの何が優れているのか、酸化ガリウムの将来性を解説します。
そもそも半導体とは
世界に存在する多くの物質は電気を通さない「絶縁体」か、電気を通す「導体」に分類されます。半導体はその中間の性質をもつ物質です。半導体は電圧をかけたり、磁石を近づけたりする等のある条件を加えると性質が大きく変化する特徴を持っています。
電圧をかけると電気を大量に流すようになる性質を活かして、トランジスタという電気回路のスイッチの役割を果たしたり、ダイオードという片側にしか電流を流さないようにする素子を作ることができます。
トランジスタやダイオードはパソコンやスマホの中に多く組み込まれ、半導体無しでは今の便利な生活は成り立ちません。
パワー半導体とは
半導体には一般的にシリコンという物質が使われます。シリコンは地球に大量に存在し、加工も容易であることから安く大量に生産することが可能です。シリコンは物質の特性上、大電圧を扱うのが難しいのに加えて、熱に弱く180℃程度まででしか使用できません。
パワー半導体とは大電圧でも使用可能な耐電圧に強い半導体の総称です。パワー半導体にはシリコンを特殊に加工して耐電圧性を持たせたものや、そもそもの材料を変えたものがあります。
シリコン以外の材料で有名なパワー半導体にはSiC(シリコンカーバイド)やGaN(ガリウムナイトライド)等の物質があります。SiCもGaNもシリコンに比べて耐電圧性が高く、200℃以上の高温環境下でも使用可能であるなど耐熱性にも優れていることから様々な研究所や企業で研究が行われています。
SiCとGaN
現在パワー半導体の材料としてメジャーな物質は前述のSiCとGaNです。
SiCを使用したデバイスはロームや三菱電機といった企業で既に量産化されており、SiCを使用したエアコンも発売されています。
GaNを使用した充電器も昨年量産化され、アマゾンや楽天で買うことができます。
GaNを使用した充電器は、シリコンを使用した充電器と比較して非常に優れた性能を持ちます。
シリコンと比べて大きな電流を扱えることから急速充電が可能になります。また、シリコンと比べて熱損失が小さいことから、充電器がほとんど熱くなりません。さらに熱を持ちづらいため、余計な冷却構造を作る必要が無く充電器自体を小型化することが可能です。
SiCやGaNのような次世代半導体はシリコンと比較して熱損失が小さく、耐熱性も高く、高速な応答が可能であり、大電流を扱うことが可能です。
SiCとGaNの現状の最大のデメリットはシリコンと比較して加工が難しく、高価になってしまうことです。
シリコンはシリコンを溶かして、インゴット(延棒みたいなもの)を作り、インゴットをスライスすることで簡単に基板を作製することができます。
SiCやGaNはインゴットを作ることができず、ここでは詳細は省略しますが、昇華法やエピタキシャル成長を用いる必要があり、気体から時間をかけて結晶を作成する必要があるため、一つの基板を作製するのに非常にコストがかかります。
このため、SiCやGaNは大量生産が必要な身近な製品よりは、産業用の大電流を使用する製品に活発に使われています。
酸化ガリウム半導体のすごさ
下の表は各半導体材料の物性値や性能指数をまとめた表です。シリコンとSiCとGaNと酸化ガリウムを比較しています。
シリコン Si | SiC(4H) | GaN | 酸化ガリウム Ga2SO3 | |
バンドギャップ[eV] | 1.12 | 3.26 | 3.39 | 4.8-4.9 |
絶縁破壊電界[MV/cm] | 0.65 | 3.5 | 2.6 | 8 |
電子移動度[cm^2/s] | 1400 | 1000 | 900 | 300 |
熱伝導度[W/cmK] | 1.5 | 4.9 | 2 | 0.1-0.3 |
融液成長法 | ○ | × | × | ○ |
性能指数 | 1 | 500 | 900 | 3444 |
酸化ガリウム半導体はSiCとGaN以上のバンドギャップ及び絶縁破壊電界を持っています。これらの数値は簡単に言うと、どの程度の電圧に耐えられるかの指標です。酸化ガリウムはSiCやGaNよりも数倍大きな電圧に耐えることができます。
性能指数はオン抵抗の小ささを示す指標であり、Siと比較して酸化ガリウムは3000倍以上の性能を有しており、SiCやGaNと比較しても数倍の性能を持っています。オン抵抗とはデバイスがオン状態の抵抗を表しており、オン抵抗が小さいほどデバイスがオン状態の発熱や熱損失を抑えることができます。
酸化ガリウムの欠点は熱伝導度が小さいことから、熱をデバイス内に溜め込みやすいことです。酸化ガリウムを用いたデバイスは排熱構造に工夫が必要になります。
酸化ガリウムの最も優れた点は、性能面とコストの両立が可能であることです。前述の通り、シリコンはコスト面でSiCとGaNよりも優れており、SiCやGaNは性能面でシリコンよりも優れています。これらの美味しいとこどりをしたものが、酸化ガリウムです。
酸化ガリウムはシリコンと同様に融液成長法と呼ばれる、酸化ガリウムを溶かしてインゴットを作製することが可能であるため、酸化ガリウム基板はSiCやGaNと比較して非常に安く作製することが可能です。
タムラ製作所の株価暴騰
6月にタムラ製作所の株価が暴騰したのは、タムラ製作所が出資しているノベルクリスタルテクノロジー社が酸化ガリウムパワーデバイスの量産が可能になったと発表したためです。
ノベルクリスタルテクノロジー社に出資している企業はタムラ製作所の他に、AGC、TDK、岩谷ベンチャーキャピタル、佐鳥電機、JX金属、新電元工業、双日マシナリー、トレックス・セミコンダクター、安川電機等があります。
酸化ガリウムの将来性
酸化ガリウムの市場規模は2030年にGaNを抜き、590億円に到達すると予想されています。https://www.fuji-keizai.co.jp/file.html?dir=press&file=20059.pdf&nocache
コストと性能の両立性からどんどん使用される範囲が広がっていくかと思います。今後ESGの観点からも熱損失の少ない、新材料のパワー半導体の需要は大きくなっていくことが予想されます。
まとめ
パワー半導体とは何か、酸化ガリウムの特徴、将来性について、学生時代にパワー半導体の研究をしていた筆者が解説しました。
正直、シリコンを用いた低圧向けの半導体は日本は諸外国の勢いに飲まれてしまっていると思います。ただ、ポジショントークになってしまうかもしれませんが、パワー半導体の分野は日本は研究が進んでおり、海外と戦える分野だと思います。
かつて半導体産業は日本の屋台骨として、世界屈指の技術を誇っていました。日本の企業には海外企業に負けずに頑張って欲しいと思います。